平成14 (2002) 年度「文化論コロキウム」発表記録
  

 

 

テーマ&要旨2002年06月18日 (火) 14時50分 電子掲示板投稿

 

  

 今週のコロキウムのテーマは「ステレオタイプ的女性観とその背景」です。

 女性らしさってなんでしょう?  それってだれがつくったの?

 日本のステレオタイプ的女性観の典型的な例として、「良妻賢母」論を取り上げます。そして「家制度」との関連性から、女性観の形成と発展、それがどのように変化してきたかを話し合いたいと思います。
 また、男性により作り上げられた女性像はどのようなものがあるか、男女の先天的差異は女性観の形成に影響を与えたのか、考えていきたいと思います。

 

 

 



発表報告2002年06月28日 (金) 12時58分 電子掲示板投稿

コロキウム報告書 「ステレオタイプ的女性観とその背景」 

 発表日  6月20日
 発表者  遠藤里子 高橋英子 吉田祐子 下村佳奈
 指導教官 杉浦直先生

 

1.話題提示

 日本のステレオタイプ的女性観の形成に良妻賢母論はどれほどの影響を与えたのか、また、ほかにステレオタイプ的女性観を形成する要素となったものは何があるのかを、議論の話題として提示した。
 論点として、以下の3点を提示した。

  (1) ステレオタイプ的女性観はどんな文化的、社会的背景からうまれたのか?
  (2) 男女の先天的差異は、その形成にどんな役割を果たしたのか?
  (3) 日本近代のステレオタイプ的女性観は、現在どこまで変化したのだろうか?

 

2.プリントの概要

 I 章では、良妻賢母の形成と実践を説明した。まず、はじめて良妻賢母の思想を庶民に広めたものとして江戸時代に出版された「女大学」を紹介し、良妻賢母を広めるのに大きな役割を担ったのが江戸幕府の方針である事を指摘した。また、明治政府により女子教育においてその思想が用いられてきた事を述べた。II 章では、良妻賢母論を支えた背景として「家」制度を取り上げ、III 章では文学作品や芸術作品からみる女性像((1) 母性 (2) 娼婦 (3) 聖女)とその背景を見ていった。IV 章では、古代における男女の仕事の役割や、体力や脳の先天的差異についての情報を提供した。

 

3.議論の流れ

 良妻賢母の成立に関わったものとしてまず軍事的要因があげられた。鎖国が解かれた事により男性は国を守るために家をあけてしまう。そこで女性は家の中を維持し、守っていく事が期待されたために良妻賢母論が庶民に広まったのではないか、という意見が出た。
 また、西洋のブルジョア階級の家庭では、上手に召し使いを使って家事をさせ、家庭の中を上手くコントロールできる妻がよしとされた。そのモデルが、明治頃日本に伝わり中流階級に受け入れられた、という教えも出された。
 なぜ、広まったかという点において、私達は教育の影響があるのではないかと考えた。政府の方針として良妻賢母の考えが教育に用いられたことにより、普遍的に国民の中に浸透していった。そのような教育を受けた親達が自分たちの子供に同じような教育を家庭の中でする事で着実に広まっていった、という意見も出された。
 大正時代にはサラリーマン家庭が増え始め、収入が増えたというところを指摘したところ、男性は立身出世を目指して仕事に励み、女性は男性を支える事が重要であると考えたのではないかという意見が出された。
 また、親が娘により良い結婚をしてもらうために良妻賢母的な女性になる事を望んだという意見と、女性は家の事だけをきちんと切り盛りしていればいいと男性が望んだという意見があった。他に、家庭にいる女性自身が、職業婦人に対するひがみから良妻賢母を強く支持したのではないかという意見が出た。
 次に、(3) の論点に関連して、良妻賢母に対して今現在みなさんはどのように思っているのかを尋ねた。良妻賢母のような母親が今でも理想的と考えている人、女性が社会進出し、ライフスタイルの変化によりそのような女性像は時代にあっていない、変化していると述べた人がいた。
 最後に、家制度は変わっても、実際、家庭の中で家父長制度がまだまだ残っている部分はあり、それがなくならない限り、良妻賢母という思想はなくならないだろうという意見が出された。

 

4.感想

  論点についての私達の考えをきちんとまとめていなかったことが反省点に挙げられる。そのため、最初の議論がうまく進まなかったと思う。また、時間がなく。章と「章まで議論が及ばなかったことが残念だった。しかし、学生たちが積極的に議論に参加してくれて、様々な意見も出て深い話し合いになったと思う。
 良妻賢母論を論じた事で、家族や夫婦のあり方にまで発展し考える事ができて良かった。