平成16 (2004) 年度「文化論コロキウム」発表記録
  

 

 

テーマ&要旨2005年01月27日 (木) 17時09分 Web 掲示板投稿

 

  

 2月3日のコロキウムは、「子どもとケータイ」についてです。

 いまや子供でも持っているケータイ。
 子供「だから」持っていると思いますか?
 子供「だけど」持っていると思いますか?

 大人の知らない子供だけのケータイの世界。

 子供にケータイは必要か?

 一緒に考えてみませんか?

 

 

 



発表報告2005年02月18日 (金) 14時26分 Web 掲示板投稿

 

 

 文化論コロキウム J班報告書

テーマ:子どもとケータイ
発表日:2005年2月3日
発表者:澤田萌、水戸幸浩、長山由衣、後藤さくら、佐々木郁江
指導教員:後藤尚人

 

1.動機・問題意識
 私たちJ班は、ケータイによるコミュニケーションの変容に興味を持ち、それについて調べていくうちに子どもとケータイに関する犯罪との関わりを知った。そして、なぜこのような事件が増えてきているのかということに疑問を持ち、テーマとした。

2.発表内容
 現状のケータイの普及率、所有率、契約者数の推移などを説明。これからも普及率は増える傾向であることを示唆した。次に世代別利用の特徴を上げ、メールの利用時間は10代が長く、またメール、i-modeなどの情報サービスをよく利用していること、出会い系サイトの利用は30〜40代男性、10代の女性の利用経験率が高く、これは後に上げる犯罪の具体例とも共通している。また私たちの考えたケータイの利点、問題点を上げ、聴衆に普段意識しない問題点を喚起させた。
 具体的な犯罪例として、三つの事件を上げた。これらの事件に共通することは、被害者が10代の女性であること、加害者が成人男性であること、被害者の側にも事件を起こす要因があったのではないか、という点である。
 そして、インターネットの有害性を知り、有害サイトから子どもを守ろうとする活動の例として、『ねちずん村』という法人団体の活動について、詳しく説明した。2004年の時点で、合わせて11府県が条例の施行を予定し、又は改正の検討を行っている。

 論点は「現状を改善するためには、どのような取り組みが必要か」とした。考察においては、ケータイの存在を重要視していることをわかってもらうために、「ケータイを持っていなければ、子どもは犯罪に巻き込まれない」という極論に近い考えをふまえつつ、現状を引き起こしている子ども側の要因(好奇心旺盛なため何にでも興味を持つが、判断力が充分でない)、親側の要因(自分たちの利用しているサービス以外に関しては無知に等しい)から「ケータイの正しい使い方を子どもに教えるべきでは」、「大人は正しい使い方を学び、子どもの使用を規制すべきでは」とした。

3.質疑応答
質問1「犯罪例では被害者が10代女性、加害者が成人男性の事件ばかりだが、少年が被害者の事件などはないのか」
回答:少年が巻き込まれている事件もおきているが、何よりも強調したかったのは、出会い系サイトが関わっている事件が一番多いこと。
質問2「世代別利用についてのグラフのパーセントは、全国民についてのものなのか、ケータイを持っている人についてのものなのか」
回答:『ケータイ白書2005』のアンケート調査によるもので、携帯電話を積極的に利用しているアクティブユーザーについてのもの。調査時点は2004年秋、サンプル数は2295人。

などの質疑応答が交わされた。

4.各グループからの意見
 レジュメに上げられた考察以上のことは思いつけなかったという意見や、私たちが考えられることはもう実施されているのではないかという意見が出された。変わったところでは、手紙の良さを伝えようといった意見も。

5.議論
 発表の内容についての質問は多かったのだが、先生から「論点がおもしろくない、つまらない」という意見がでた。そして私たちが最初に挙げた論点からは、議論が進行しなかった。やむを得ず司会組が「ケータイがなくなれば事件は起こらないのか」といった観点での議論を促し、結果として「ケータイがなくなっても事件はなくならない。でもケータイがなくなれば、犯罪は減るのではないか」という意見がでたにとどまった。

6.反省・感想
 マイクやパワーポイントを使っての発表で効果的に情報を伝えることができた反面、学生の中からレジュメの内容が簡単すぎ、そっけなさすぎないか、といった意見が出た。私たちは発表をいいものにしようと頑張ったのだが、コロキウムで大切なのは、議論することであって、質問ばかりでて議論が進まないということは、結果として失敗だったのではないかと思う。またケータイを持っていない先生方への配慮が欠けていた。私たちはケータイを持っているのが当たり前になっているので、持っていない先生方がどのような点に注目するのか、といったことに対してあまり深く考えていなかったのだと思う。