平成13年度 前期

文化記号論 I(概要)

 

【第3回:4月27日】 

 

  ※ 記号論の源流 I:ソシュール(1)

  • 今回はソシュールの『一般言語学講義』について、そのエッセンスを解説し、次回はアナグラム関連の説明をしたい。

  • ソシュール,フェルディナン・ド:Saussure, Ferdinand de:スイス 1857-1913
    言語学者。ジュネーヴ生まれ。
    現代言語学の創始者。パリ大学で歴史言語学を教え (1881-91)。ジュネーヴ大学でインド=ヨーロッパ言語学とサンスクリット語 (1901-13)。一般言語学 (1907-13) の教授となる。最も有名な著作『一般言語学講義』(1916) は彼の死後、学生のとった講義ノートをもとに編纂されたものである。“基本となるシステム”として言語に焦点をあてたことは、のちの記号論や構造主義に大きな影響を与えた。【岩波=ケンブリッジ『世界人名辞典』より】

  • 『一般言語学講義』の刊本には、トゥリオ・デ・マウロの『「ソシュール一般言語学講義」校注』(山内貴美夫訳、而立書房、1976)を用い、そこから記号論関連部分を抜粋して、A3で4枚のプリントを配布した。そのプリントを参照しつつ、以下の項目について解説した。

 

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  ソシュール『一般言語学講義』(1916)

 

 序論

第 III 章 言語学の対象

 

*言語学の対象確定の困難さ:所与の対象がない[p.18]
*言語活動 (langage):ラング (langue:言語)/ パロール (parole:言)
*ラング:言語活動の能力の社会的生産物、慣例の集合、一つの全体、分類の原理[p.18-20]
*ことばを交わす二人の人物(A <=> B)[p.22]

A:ある概念 (concept) が生じそれに対応する音響イメージ (image acoustique) を脳裏に浮かべる【心的現象】→ イメージに相当する刺激を音韻化の器官へ伝える:音波の発生【物理的現象】

B:耳から脳へかけて音響イメージの生理学的伝達【物理的現象】→ このイメージとそれに対応する概念の心理的連合【心的現象】

*パロール:概念から音響イメージへと至るアクティブな執行:個人的[p.24]
*ラング vs パロール:
  社会的なもの vs 個人的なもの、本質的なもの vs 付随的偶全的なもの[p.25]
*記号学 (sémiologie):
  社会生活のなかで記号の生態を研究する科学:社会心理学の一部門になろう[p.27]

 

 第1部 一般的諸原理

第 I 章 言語記号の性質

 

*言語記号 (signe linguistique) は、モノと名辞ではなく、概念と音響イメージを結びつける。[p.87]
*音響イメージは物理的な音ではなく、その音の心的痕跡 (empreinte psychique) である。
*言語記号は、したがって、二つの面を持つ心的実勢 (entité psychique) である。
*概念と音響イメージの結合を記号 (signe) と呼ぶ。[p.88]
*概念をシニフィエ (signifié:記号内容:所記)、音響イメージをシニフィアン (signifiant:記号表現:能記)、その全体を記号とする。
*第一原理:記号の恣意性:
 シニフィアンをシニフィエに結びつけるきずなは恣意的:言語記号は恣意的である。
*「象徴」という語はシニフィアンとシニフィエの間に有縁性があるものを示すため、支障をきたす。[p.89]
*第二原理:シニフィアンの線状性:
 シニフィアンは聴きとる性質のものであるから、時間のなかで展開され、一つの次元で計測される。[p.91] 

 

第 I I 章 記号の不可変性と可変性

 

*不可変性:
 シニフィアンは、それが示すイデーとの関係では、自由に選択されたものとして現われるものの、それを使う言語共同体との関係においては、逆に自由ではなく、強制されたものである。[p.92]
*可変性:
 時間は、言語の連続性を確実なものにする一方で、言語記号を変質 (altérer) させる。時間のなかでの変質 (altération) が、シニフィアンが受ける音声学的変化や、意味の変化 (changements) であるとする見解は不十分である。変質的要因は、常に、シニフィエとシニフィアンとの関係の変動へゆきつく。[p.96]

 

第 I I I 章 静態言語学と進化言語学

 

 あらゆる科学にとって、扱う事物が位置づけられる基軸をより子細に示すほうが得策であることは確かである。よって、同時性の基軸(axe des simultanées:共存するものの関係を示し、時間の介入は排される)と、継続性の基軸(axe des successvite:あらゆるものがその変化とともに位置づけられる)を区別する必要がある。[p.102]
 《歴史言語学》という用語はあいまいだから、言語の継起的諸状態 (états de la langue succesifs) を記述し、言語を時間軸にしたがって研究するものとしては、進化や進化言語学という用語の方が正確である。それに対して、言語の状態 (états de langue) の科学、静態言語学について語ることができる。
 同じ対象に関係する現象の二つの系の対比と交点をよりよく示すためにも、共時言語学 (linguistique synchronique) と通時言語学 (linguistique diachronique) と言うようにしよう。共時的とは静態相に関係し、通時的とは進化に関係する。また、共時態 (synchronie) と通時態 (diachronie) は言語の状態と進化相を示す。[p.103]

 

 第2部 共時言語学

第 II 章 ラングの具体実勢

 

 言語の成分となっている記号は、抽象(概念)ではなく、現実の対象 (objets réels) である。それらとそれらの関係を研究するのが言語学であり、それらは、この科学の具体実勢 (entités concrètes) と呼ぶことができる。[p.128]
 言語実勢は、シニフィアンとシニフィエの連合による以外は存在しない。その一方のみを考慮に入れるだけなら、具体実勢は消える。その時、目の前には純粋な抽象しかない。
 言語実勢は、音韻連鎖の上でそれをとりまく一切のものから分離され、画定された (délimitée) ときにしか完全に規定されることはない。言語のメカニスムのなかで対置している (s'opposent) のは、これらの画定された実勢、あるいは単位 (unités) である。[p.129]

 

第 IV 章 言語学的価値

 

 言語は純粋な諸価値の体系以外のものではありえない。[p.139]
 言語は分節 (articulations) の領域である。
 言語はまた、一枚の紙片にたとえられる。思考が表面であるとすると、音は裏面である。表面を切り取ろうとすれば、裏面をも同時に切り取らないわけにはゆかない。[p.140]
 言語の中には差異 (différences) しかない。一般に差異は、これが生じるポジティブな項 (termes positifs) を仮定しているが、言語にはポジティブな項がない差異しかない。シニフィエあるいはシニフィアンを取り出してみれば、言語は、言語体系に先立って存在するようなイデーも音も含みはしないが、この体系から現われる概念的差異や音韻的差異だけを含んでいる。
 言語では全てがネガティブ (négatif) であるというのは、シニフィエとシニフィアンを個別に取り出したときにしか真ではない。記号をその全体で考えるやいなや、その次元のなかでポジティブなものと直面することになる。[p.149]

 

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【参照&紹介文献】

  • Ferdinand de Saussure, Cours de linguistique générale, éd. critique préparée par Tullio de Mauro, trad. par Louis-Jean Calvet, coll. ‹ Payothèque ›, Payot, 1972.
  • フェルディナン・ド・ソシュール、『一般言語学講義』、小林 英夫 訳、岩波書店、1940
  • 丸山圭三郎、『ソシュールの思想』、岩波書店、1981

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